トランジッションに向かう道は、もはや気持の良い花道か。スイムアップを果たせた満足感で、足取りは軽い。
小走りのなかでツーピースのウエットの上半身を脱ぐ。事前に脱ぐ練習もしてきた成果か、スッと一発で脱げた。トランジッションエリアに待つ、バイクへと急ぐ。ここには、スタンピー29HTと、他ライディング装備、そしてラン装備を事前に準備してある。トータルでのフィニッシュは3時間に近くなるだろうことから、パワージェルでの補給をしっかり行い後半のエネルギー切れを防ぐように心がけていて、トランジッションでとるジェル、バイクに持っていくフラスコに入れたジェルも準備しておいた。
バイクの前にたどり着くと、多くの方がスイムアップやったね!と労ってくれる。つい嬉しくなって、会話が始まってしまう。そして、ウエットの下半分を脱ぐのが遅い。タイミングチップが外れないように注意しながら、慎重に脱ぐ。
そして、ソックスを履くが、これまた遅い。濡れてとても履きづらい。ついには座り込んでしまって、まさに腰を据えて行う、遅いトランジッションとなってしまった。しかし、気持ちはすでにスイムアップで充足しているので、余裕シャクシャクといったところか、あいも変わらず笑顔は継続。
シューズを履いて、しっかりとBOAを締めて立ち上がる。ヘルメットとアイウエアを装着、きちんとストラップまでしないとペナルティなので気をつける。バイクを取り出し、いざ!というところで、グローブをつけはじめてしまう。ちょっと順番が逆でしょ、そのうえ濡れた手にちゃんとはめようとするものだから、ここでもまた遅い、遅い。せっかくそれなりのタイム(24分58秒 69位)で上がってきたのに、ドンドン抜かれている模様。たいがい呆れたのか、応援していた方の中から早く行け!と激を飛ばされる始末。でも、いいんです!スイム上がれただけで満足しちゃってますから。
なんて思っていたが、バイクにイザ乗るとまた別のスイッチが入る、速く走りたい、という欲求のスイッチが。おもむろにダンシングをはじめ加速しながらコースインしていく。コース前半のショートループには無数の前走者が溢れていて、抜くのもままならないが、そこはそれ、一日の長のある自分はどこでも自由自在に抜かせてもらう。おお!水を得た魚、の真逆で、MTBを得たTK、先ほどまでのスイムとは真逆にスイスイと順位を上げていいける。
狭いところでは待っても、スタンピー29+高性能タイヤレネゲードの加速力をもってして広いところが数mあればビュンと一気に抜いていける。気を良くして、どんどん勾配を上り詰め、下りになっても加速を休めないでいると、左抜きます!といった矢先に、ハンドル先端が木をかすめてしまい痛恨の転倒。ステムの位置が曲がってしまう、が苦笑いと共にまずは完走をしなきゃね、と落ち着いて再スタート。コースはところどころマッドでスリッピーだが、概ね前日と変わらず走りやすい。しかし、自分にとっては走りやすい、というだけで、多くの方はバイクがふらつき、タイヤがスリップし、コントロールがままならないようだ。川渡りも突破できそうだったが、ライン上で前が詰まってしまい、押して越えることに、でも、まいっか、ですませられる大らかさ溢れるムード。細かいことは気にしない、気にしない。
湖畔沿いのシングルトラックは、ちょっとラインを誤れば湖にダイブしてしまう。その中に、タイトなターンや木の根の密集した区間、切り株でのプチドロップオフなど、とてもテクニカルなセクションが点在している。ここは乗る、ここは降りると明確に割り切ることが大事で、止まってもたもたしていては遅くなる。前もって目測を立てて、ここで足をついて、何歩で木を乗り越えて、何歩先で乗る、と流れるように体とバイクを運ばなければならない。このMTBやシクロクロスでの特有な感覚は、のちのトレランで大いに役立つことになる。この狭いシングルでも、僅かな直線があれば速度を乗せていけば、数人を、山側の斜面上を通過して、アッという間に追い越していける。バイクの加速性と、安定性、そしてコントロール性に感謝だ。
湖畔を抜け、ペンション街を抜けるときには、抜けるであろう殆どの選手を抜き去ったようで、辺りにいる選手がまばらになってくる。補給所で水のボトルを受けて、水分摂取すると共に、このあとに待ち構えるランパートに向けても、エネルギー補充を欠かさないよう、フラスコに入れたパワージェルを飲み切るようにした。ここからのジープロードの上りは前日の試走で確認していたが、25分程度の長く一定勾配の上りが続く。ここからはドライタイヤで臨んだ本領発揮、アウターギアで速度を乗せて、さながらロードバイクのようなフィーリングで林道のダートを上っていく。楽に速く、気持よく。バイクがビュンビュン走るが、この先にはまだ知らぬランの負担が控えているので、ペース配分は抑えていく。それでも、数人の背中を捉えては、追い越していく。ペンション街での応援では10位くらいだったので、総合でもかなり前の方に位置しているようだ。上って、曲がって、上って、曲がってを繰返し、ジープロードを上り詰めていく。この上りは体力的には抑えているし、バイクには十分と言えるほど慣れているので、淡々と進行していくように感じた。
プロカテゴリーの外国選手も抜いて、スイッチバックや激坂を含む、下りのシングルトラックへ突入。幾つかのコーナーを抜けると、前輪からヘッドが緩んだからのようなガタを感じる。最初の転倒でヘッドが緩んだのか?と思い、ここからペースダウンを余儀なくされる。先ほど抜いた選手と抜きつぬかれつをしながらも、このコース一番の激坂下りに辿り着く。さすがに、リスクはおかせずバイクから降りて下ることに。そこでバイクを押しながら確認していると、なんと、前輪のクイックレバーが倒れて、ホイールが緩んでいることが判明、ガタの正体はこれだったのだ。下りきったところでホイールをしっかりとはめ直して、気を良くして再出発。ペースを上げて前を追う。
激坂の担ぎ上げも、軽量なスタンピーHT29だったらフレームに肩を入れて苦もなく上がっていける。湖畔に再び戻るころには、前走者に追いつき、スピード差をもって楽に抜いていく。湖畔から川渡りに戻り、今度は前に誰もいないのでしっかりと乗車クリアする。その後のシートループも応援を背に受け、気持ちよく走破してトランジッションエリアに戻ってきた。前にいるのは世界チャンピオンを含むプロカテゴリーの選手数名と、エイジ1位の旧知の仲のマウンテンバイカーただひとりだ。